プロフィール-非日常クリエイター24歳、遊びを作って生きています

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堀元 見(ほりもと けん)

初めまして。堀元見と申します。

職業は「非日常クリエイター」です。

2016年4月に慶應義塾大学を卒業した後、フリーランスの「非日常クリエイター」として働いています。

仕事の内容は、新しい非日常体験を作り出すことです。

 

一生のテーマは「変な遊び」

僕は非日常クリエイターとして、今までにない変な遊びを作ることを専門にしています。

フリーハゲ」とかいうとんでもないダジャレイベントをやってみたり、

通行人にバリカンで坊主にされる「フリーハゲ」をやった記録

2016.07.10

自分のフェチを大規模にプレゼンするイベントをやってみたり、

TED風にフェチをプレゼンする「フェチ×プレゼン」を主催した

2016.07.29

 

新しい変な遊びを作り続けています。

その他の今までにやったことは、活動実績から!

 

略歴

1992年4月30日生まれ。沖縄生まれ北海道育ち。暑がりで寒がり。

2016年に慶應義塾大学理工学部卒業後、就職せずにフリーランスになる。

「非日常クリエイター」を名乗り、イベント運営を中心に活動。

千葉に1400坪の土地を借りて、顧客にDASH村のような体験をしてもらう「あの村プロジェクト」も主催。

 

このブログについて

そんな非日常クリエイターとして、僕はいつも変な遊びを作っています。

そんな変な遊びの情報や、非日常クリエイターとして生きる上で感じることなどを書いていきます。

このブログを読んで、少しでも「変な遊びって面白い!!」と感じてくれる人が増えることを願っています。

変な遊びって面白いの?

って思った人のために、僕が人生で一番楽しかった変な遊びの記事を貼っておきます!読めばあなたも変な遊びの面白さが分かるはず!

フロートマット(四角い浮き輪)をたくさん繋げて島を作った

2016.09.06
僕が主催したイベントなんですが、僕が一番楽しんでいます

 

自己主張できなかった僕が、「非日常クリエイター」を名乗るまで

元々僕は自己主張が苦手だったんですよね。

そんな僕が今や重度の目立ちたがりで、

堀元
遊びを作って生きていきます!!

と堂々と宣言する始末。

どうしてこういう人間になったのか、人生を振り返りながら書いてみたいと思います。

 

最古の記憶

僕の最古の記憶は、保育園の庭でムカデを見ている記憶です。おそらく3歳くらいのことでしょう。

保育園の校庭にはタイヤの遊具が置いてあり、そのタイヤの遊具で遊ぼうとしたら先客(ムカデ)を見つけたのです。

「こんなグロテスクな生物がいるなんて、世の中は不思議だな」と思ったのを良く覚えています。好奇心旺盛かつひねくれた子供でした。

保育園時代は妙に断片的な記憶だけが残っていて、思い出すと不思議な気持ちになります。どんぐりを拾い集めていた記憶もあります。

子供の頃の僕の印象を両親に聞くと、

記憶力がとにかく良かったね!!神童かと思った!そうじゃなかったけど!

当時から僕は妙に記憶力が良く、保育園の園長先生が喋った挨拶を一言一句マネできたそうです。

今でも記憶力はそこそこに僕の武器なのですが、保育園児に挨拶をマネされる園長先生のお気持ちを考えると申し訳ないことをしたなあと思います。

 

小学校時代

友達がいない頃と、最初の友達

僕は、自己主張のできない人見知りの少年でした。

尋常じゃないほどの自己主張のできなさで、友達もすぐには作れず、少々苦しい思いをしました。

小学校一年生の序盤は友達もおらず、人と上手くやっていくこともできませんでした。同級生とのグループワークでもしばしば対立していたような記憶があります。

そんな中、最初に仲良くなったのが鈴木くんでした。最初の友達です。

仲良くなったきっかけは全く覚えていませんが、夏前くらいには毎日のように一緒に遊ぶようになりました。

鈴木くんと僕の共通点は、とにかく暇なことでした。

何と、僕も鈴木くんも習い事の類いを何もやっていなかったので、週7で暇だったのです。

僕は当時から、習い事や塾の類いと無縁に育てられました。というか、僕は生まれてこの方習い事などしたことがありません

 

小学校の頃の暇つぶし

さて、そんな僕らは週7で暇だったので、驚くほど多くの暇つぶしを経験してきました。

もちろん僕らの世代の定番であろう「スマブラ」や「遊戯王カード」なんかもやりましたが、何しろ週7で暇なので、そんな通り一遍の遊びでは満足できません。

スマブラのプレイ時間はカンスト(長すぎて測定できない状態になる)した記憶があります。

満足できなかった僕らは、すぐにオリジナルの遊びをやるようになりました。

 

オリジナルの遊び「石ゴルフ」

特に小学校低学年〜中学年くらいまで盛んだったのが「石ゴルフ」でした。

プラスチックのスコップで、落ちてる石を打っていくゴルフです。場所は近所の公園でした。

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極めてシンプルなゲームながら、没頭しました。真っ暗になるまでやり続けて親に怒られたこともあります。

何がそんなに面白かったのかと言えば、絶妙なゲーム性です。

僕たちは小学生なりに、ゲームを重ねながらルールを決めていきました。

  • 各プレイヤーは、石を3つまで所有することができる。
  • ホールによって、石を使い分けて良い(このホールは飛距離を出したいから、この石だ)
  • 途中、より良い石を見つけた場合は拾っても良い。その場合は今まで所持していた3つの石のうちの1つを捨てる必要がある。

概ね、こういうルールでした。

これだけでもそこそこ面白かったのですが、さらにもう1つのルールを決めると、石ゴルフが劇的に面白くなりました。それが「石の改造」です。

 

石の改造

僕たちが石ゴルフをやるために使っていた公園には、白鳥の遊具がありました。

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この白鳥の遊具が絶妙な硬さと形状で、石を思い切り投げつけると石が欠けるのです。

そして、欠けた石は丸くなり、安定して飛ぶようになるのです

川を流れる石がだんだん欠けながら丸みを帯びていくのと同じ原理

これが劇的に面白かった。この事実に気が付いてから石ゴルフの面白さが3倍になりました。

イマイチな石は鍛えてから使うという、育成ゲーム的な面白さが増えたのです。

石改造の注意点として、

  • やり過ぎると石が小さくなって使いにくくなる
  • たまに真っ二つに割れる
  • ぶつけた石が反動で遠くに飛んでいって見つからなくなる

等があります。

やればやるほど強くなる訳ではないという部分も面白い。

僕は、この時、

堀元
この切り札の石、改造してもう少し強くしたい
堀元
しかしそろそろ割れそうだな…。失敗したら切り札を失うことになる

というリスクとリターンの計算をしました。そして、

堀元
こいつは既にかなりの戦力になっている!失うリスクの方が圧倒的に大きい

という結論に達しました。

あの時の僕の英断っぷりと言ったらなかったですね。「はじめてのリスク管理」っていうバラエティ番組にして欲しいくらいでした。

さて、そんなことをしていて、当時から「新しい遊びを作ること」には精力的でした。

が、僕の中で許せない事件がありました。

 

陣取りゲーム事件

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陣取りゲーム」っていう遊びをご存知でしょうか?

地域や状況によってルールはかなり違うのでしょうけど、少なくとも僕の地元札幌ではこういうゲームでした。

それぞれの陣地の最奥には旗が立てられていて、その旗を相手チームに抜かれたら負け ただし、旗を取りに向かう途中で相手に雪球を当てられたら、自分の陣地の旗まで戻らなければならない

これが僕たちの冬の遊びの定番でした。単純な雪合戦の100倍面白い。

目標に向かって一目散に走る人間に対して雪球を当てる面白さもさることながら、一瞬の相手チームの隙を突いて旗を取りに向かうスリルがたまらなかったです。

堀元
こんなに面白い遊びができるなら、一生小学生が良いな!

そう思いました。まあ結果から言えば僕は今も小学生みたいなものなので、今年の冬にこの遊びやろうかと思ってるんですけどね。

 

渡辺くんがゲームバランスを壊した

そんな折、ある事件が起こります。僕の親友の渡辺くんが変な提案をするのです。

渡辺くん
雪球を当てられた時にいちいち自分の陣地に戻るの面倒だから、その場で10秒固まることにしよう!

僕は、この提案を聞いた時に

堀元
そんなアホな!!

と思いました。自分の陣地に戻るペナルティが無いのなら、相手チームの旗に向かって猪突猛進を続ければ、いつかは相手チームの旗にたどり着いてしまいます。

僕はこのルール改悪を良しとせず、必死に戦いました。

堀元
いやいやいや!そのルールだとゲームとして成立しないよ!突っ込めば勝ちじゃん!!

しかし、周りの人は僕の言っている意味が分からなかったのか、

同級生
まあ、とりあえずやってみようぜ

と言いました。この時、人生で初めて、多数決の理不尽さを知りました。

 

クソゲーになった陣取りゲーム

その後の展開は言うまでもありません。ルールの隙を突いて(?)、渡辺くんは猪突猛進に攻める戦い方をしました。

面白かった陣取りゲームはクソゲーと化し、全然面白くなくなりました。

ことここにいたって初めて、周りのクラスメイトも

同級生
おい!!まっすぐ攻めてくるのつまんねえぞ!!

となりました。渡辺くんが責められます。

渡辺くん
でもこのルールで良いって言ったじゃん!!

そう、彼はルールに守られていたのです。

僕はこの時から、

堀元
遊びはキチンと作る人間が必要だなあ

と感じ始めたように思います。僕の「新しい遊びを作る」という仕事のルーツはここにあるのかもしれません。

遊びについてしっかり考えられたので、この週7で暇な少年時代を送れたのは悪くなかったと思います。

 

中学・高校時代

変化のない人間関係

今でこそ僕はドライな人間関係を築くのが得意ですが、成人するまではひたすらウェットな人間関係だけを好んでいました。

ほぼ毎日一緒にいるような、遊ぶ時は必ず最初にその人達を誘うような、ジメッとした人間関係です。

中学生の時もほぼ毎日同じ友人達と遊んでいました。多分この頃の僕は、不安だったのでしょう。自分が受けいられないことが不安で、必ず受け入れてくれるぬるま湯の人間関係に浸っていたかったのでしょう。

こういう思春期があったのはまあ仕方ないことですが、やっぱりもっと色々なところに顔を出して、色々な人間関係を作っていけば良かったな、と少し後悔しています。

クソつまらない安定志向を今すぐやめるべきたった1つの理由

2016.09.13

上の記事で書いたように、「安定」はあまり面白くないです。人間関係についてもしかり。常にヒリヒリできる新しい人間関係を築き続けているべきだと、強く思います。

そんな訳で、あまり変化のない人間関係を築きつつ、僕はひたすら時間を過ごしました。

 

特に何かに打ち込んだ訳でもない

何か部活をやっていたわけでもなければ、何かに一生懸命頑張ることもない。

胸を張って言うことではありませんが、僕は中高の6年間、何にも打ち込まずに来ました

中学の頃は学校が終わったら専ら僕の家か友達の家でゲームをしていましたし、高校の頃はゲーセンに行くか映画を観に行くかと言った過ごし方でした。

何も頑張らずに来たことを、僕は心から後悔しています。当時から僕は知的好奇心旺盛だったし、人並み以上に色々なことに興味がありました。

でも思い切って何かを必死にやるのが怖かったのでしょう。

情熱を持って魂を削って何かをやって、成果が出ないのが嫌だったのでしょう。

だからなんでも適当にこなして適当に進んできました。

もう一度言いますが、この時期のことを本当に後悔しています。

自力で動き出せなかった自分が許せないです。そして、それと同じくらい、僕の背中を押してくれなかった学校教育が許せないです。

 

幸せってなんだろう、と漠然と考えていた

そんな無気力に暮らしていた僕ですが、当時から議論したり理屈っぽく考えるのが好きでした。

だから、「幸せって何だろう」と漠然と考えることは多かったです。

ただし当時は何の危機感も無いので、結局漠然と考えるだけで、結論らしいものを出したりはしません。

「ああかもしれないし、こうかもしれないな」というレベルで終わり、自分なりの仮説を出したりその仮説に基づいて具体的な行動を取ったりできませんでした。

 

大学時代

つまらない学生

大学生になって、何かが変わるだろうと思いました。

住む場所も変わり、人間関係も変わり、できることの範囲も変わる。

だから、きっと何か面白いことが起こるだろうと思いました。

さて、実際の大学はどうだったかといえば、つまらない大学生がつまらない会話をするつまらない場所でした。

学生
あの教授のこの講義が単位取りやすいらしい
学生
あー、寝る暇ねえわー!オールで飲んで◯◯と遊んで、そのまま〜〜で……

僕は何となく適当に合わせながら、いつも違和感を覚えていました。

堀元
こんなことでいいのか?

大学生達は何ら自分の力で人生を切り拓こうという気概がなく、ただ誰かが敷いた「大学生とはこうだ」というレールの上を走っているだけに見えました。

 

死んだ目の大人

大学生になった頃から、社会人と話す機会も増えました。学生達のつまらない会話に加えて、大人達のつまらない会話も僕の違和感に拍車をかけました。

大人
社会っていうのはな、厳しいものだから……

大人の話も、まあ面白くないのです。生き生きとしている大人は本当にごく一部で、圧倒的多数の大人は夢や野望が無く、死んだ目で働いていることを知りました。

驚くべきことに、大学生だけではなく大多数の大人も誰かが敷いたレールの上を他人事のように走っているだけのようでした。

僕はここに至って突然、人生について本気で考えるようになりました。

堀元
何となく生きてたら、何となく人生終わりそうだ

 

皆人生について考えて無さ過ぎる

どうも皆、自分の人生に対して「自分事」として向き合っていないようなのです。

就職活動する人の様子を見ていても、「こうすると良いらしい」とか「この会社は待遇が良いらしい」とか、よく分からない「他人の尺度」で測っているようでした。

何で自分のやりたくもないことをやって生きていけるのかな?と僕は疑問でしたが、「どうやら彼らはそもそも自分のやりたいことに向き合ってすらいないらしい」ということに気づきました。

堀元
いやいや、それはマズいっしょ

僕は圧倒的な危機感を覚えました。何となく誰かの言うとおりに暮らして、何となく誰かの人生を生きたまま死んでいく未来が見えました。

 

僕は大きな「変化」を求めた

だから、変化を起こそうと思いました。色々な本を読みながら、自分の人生の柱を考えました。

堀元
僕が興味のある領域ってなんだろう?

しばらく考えてすぐに出てきたのが「教育」でした。僕は昔から教育がやりたかったのです。

僕は人間の知性に尋常でない関心を持っており、知性を形作る教育が、僕のやりたい領域でした。

大学で人工知能系に進んだのも、知性に興味があったからです。

やりたいことの柱を教育に定めてからは、色々なことにチャレンジしました。

新しい教育をやっている団体を片っ端から調べたり、その中でボランティアをさせてもらったり、主催している人から話を伺ったり。

アルバイトでやっていた塾講師にも気合を入れて打ち込むことになり、全力で教育を見つめました。

 

教育を構造的に変えてやろう

僕は教育に不満を感じていました。だって教育がもう少ししっかりしていれば、僕の大学の同級生はもう少し意志を持った人間になっていたはずです。

そして、僕自身が受けてきた教育にも不満がありました

もし受けてきた公教育がもっと知的好奇心を刺激してくれていたら、中高時代を漫然と過ごさずにもっと色々考えることができただろうと思いました。

だから、中学生や高校生がもっと人生について考えられるように、意味のない座学に時間を費やしてしまわないように、教育の構造を変えようと思いました。

僕が専ら興味を持っていたのは、”Project based learning”という概念でした。「プロジェクトに基づいた学習」です。ざっくり言うと、

先生
今日は紙飛行機を遠くに飛ばそう!
少年
やったぜ!!楽しそう

(30分後)

少年
クッ!これ以上飛距離が伸びない
先生
もしかしたら、この本がヒントになるかもしれないぞ
少年
何この難しそうな本?ん?飛行機の飛ぶ原理?ベルヌーイの法則?
少年
はっ!!つまりこういうことか(ガリガリ計算を始める)

みたいなことです。(短くまとめすぎてかなり都合の良い展開になったことをお詫びします)

何かを教え込むんじゃなく、とにかく1つのプロジェクトをやらせて、時折ヒントをあげたり周りと協力させたりする。

僕はこの教育法が至高だと思っていて、座学の20億倍くらいの効率で学びがあると思っています。

そもそも人は必要のないものを学べるようにできてないし、自分で何やってるか分からないものなんて学んでもしょうがない。

それなのに現状の教育は何に必要なのか分からない情報を座学でダラダラ詰め込むだけで、何の学びにもなりゃしない。

この状況を打破するのがこの”Project based learning”に他ならないと思いました。

自分で切り口を設定して、問題を見つけて、その解決法を探る。色々なところで挫折したり成功したりしながら、1つのプロジェクトを完成させていく。

これを理想の学びと言わずして何と言おうか。

 

結論「教育は僕がやらなくてもいいな」

僕は教育が大好きで、今でもどこかで教育に関わっていたいとは考えています。

ところが、教育事業は僕と同じ信念の人が既に結構やっているのです。

しかも、僕がやるよりも上手いやり方で。

教育の構造変えてやんよ!!と息巻いている人は僕以外にもいて、「構造を変える」という戦いにおいて彼らが果たせる役割は、僕が果たせる役割よりも大きいようでした。

僕はこの「構造を変える」という点で、僕の力をフルに発揮できるとは思えませんでした。彼らにまかせておく方が良いと思いました。

今でも、理想の教育現場に立ちたい気持ちがものすごくあります。

教育の構造が変わった後、”Project based learning”を実施する少人数制のクラスがあったとき、そのクラスを率いる僕の実力はそこらの奴には負けない自信があります。

ところが、構造を変える場面において僕が最前線でできる寄与は少ないと感じて、別の場所で戦うことにしました。

今でも、ある程度歳をとった後に、教育現場に行こうと思っています。

 

エンタメをやってみよう

ぼんやりいろんな事を考えながら、僕が始めたのは「娯楽」の違和感への対処でした。

僕は「娯楽」にも「教育」と同じような違和感を覚えていました。

堀元
ひと夏に何回BBQやんの!?

とか、

堀元
もうボウリングは飽きた

とかです。

僕はひねくれ者だったので、同じことを繰り返すのに耐えられませんでした。それよりも、まだ完成していない遊びをやった方が良いんじゃないかと思いました。

完成していない、誰もやっていない遊びは何もかも未知数だけど、その分予想外のことが起こる面白さがあるし、変な知見が飛び出してきたりもします。

そこからは、かなりのペースで遊びを作り続けました。

この時期の代表作で言えば、「大人15人で8時間かけて巨大かまくらを作る」でしょうか。

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大人15人で8時間かけて巨大かまくらを作った記録【変な遊び】

2016.05.10

個人的な遊びも、人を巻き込んだイベントも、かなりのペースでこなしていきました。こういった新しい娯楽は本当に面白かったです。

一瞬先に何が起こるか分からない感じが、BBQやボウリングと全く違う喜びです。

「世界の誰も体験していない体験を、今作っている」という興奮が、僕を支配しました。

こんな「非日常体験」を作っていく魅力に、僕は心を奪われました。

 

非日常体験を作って生きる

毎日そんな非日常体験について考えていると、自ずと、

堀元
それで生計立たないのかな?

と思ったりします。

そんな中、僕は師匠のヘンテコ遊び研究家と出会いました。

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ヘンテコ遊び研究家と非日常クリエイターの対談

2016.07.08

彼はヘンテコ遊び研究家として生計を立てようとしていた時期があり、その時のことを色々聞きました。

詳しくは上の記事に全部まとめてあるのですが、ざっくり言えば

  • 彼は、自分のやりたい遊びでお金を取るのに限界を感じた
  • 僕は、その限界に納得が行かなかった(お金を取っていいと思った)
という話です。そして、
堀元
ヘンテコ遊び研究家の夢の続きを、僕がやろう

僕はあの夜、勝手にそう決めてしまいました。

彼と話したあの夜は、間違いなく僕の人生を動かした熱い夜でした。

 

命を賭けて、人生を設計してやろう

非日常体験作りを仕事にしていこうと決めてから、僕は一気に動き回りました。

僕は当時大学4年生で、大学院に進学することになっていました(院試は免除で、合格をもらっていました)が、辞退することにしました。

大して面白くもない、論文と向き合う研究室暮らしに魅力はありませんでした。そんなことをしている暇があるなら1つでも多くのイベントを作りたかった。

僕の通っていた慶應義塾大学では、大学院進学を辞める場合、「大学院進学辞退届け」という届けを出さなければなりませんでした。

その届けを持って、研究室の教授に会いに行きました。

堀元
先生、僕は大学院に進学するのを辞めます
教授
えっ!?辞めて何するの?君就職活動してないでしょ?
堀元
非日常クリエイターになります
教授
君は何を言っているの!?

この時の教授の顔を、僕は一生忘れません。

お前は何を言っている

教授の顔(イメージ)

 

フリーランス〜現在

こうして、2016年4月から、僕はフリーランスになりました。「非日常クリエイター」として生きています。

やりたい遊びは無限にある

僕は非日常体験を作り出すために、色んな遊びを考案しました。最初の大規模イベントで言うと、「偏見×プレゼン」があります。

TED風に偏見をプレゼンするイベント「偏見×プレゼン」を主催しました

2016.05.27

偏見×プレゼンをやっていたら、次は「フェチ×プレゼン」がやりたくなりました。

TED風にフェチをプレゼンする「フェチ×プレゼン」を主催した

2016.07.29

こんな調子で、1つの企画をやったらまた新しい企画がやりたくなる。やりたい企画が無限に増えていくのです。

試しに100個出してみたら余裕で出ました

非日常クリエイターがやりたい「変な遊び」100のリスト

2016.08.26

 

やりたいことを全部やっていく

次々に膨れ上がっていくやりたい遊びを、僕は着々と消化していきます。

寄り道をしている余裕はありませんから、全力でやりたいことをやっていくつもりです。

自己主張できなかった小学生の頃の僕や、無気力に生きていた中高生の頃の僕はもういません。

フリーランスとして、最速で自分のやりたいことを形にしていきます。

 

経歴についてまとめ-変わりたい人へ

僕は何かすごく特別な経験をしたり、特別なスキルを積んだ訳ではありません。

僕の変化の始まりは、 大学に入って周りの人のつまらなさに覚えた「危機感」でした。

このままボンヤリ生きていたらマズそうだと感じたことでした。

そして、その危機感の原因を探ったら「教育」に行き着いて、教育の問題を解決しようとしたらそこは自分のフィールドじゃないと感じました。

じゃあ「教育」に似た問題を抱えたものは無いかな?と考えたら、「娯楽」に行き着いて、非日常体験を作ることに決めました。

全ては、最初に危機感を覚えて、自分の頭で必要なことや変えるべきことを考えた結果です。

もしあなたが変わるタイミングを欲しているなら、危機感を持ちましょう。

危機感を持って、変化する方法を考えれば、道は無数に見えてきます。

僕は大学在学中に危機感を持てたことを幸運に思っていますし、僕と同様の状況の人が変化するために、危機感を持ってもらえればいいなと思います。

 

今やっている仕事

 

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個人情報丸出し

僕は個人情報の保護というものを、バカバカしいな!と思っています。

住所を出せば誰か遊びに来るかもしれないし、電話番号を出せば誰かが遊びに誘ってくれるかもしれない。

ということで、何も気にせずに丸出しにしています。「麻雀のメンツ足りないから来てよ!」とか「昼飯食おうぜ!」とか、全然知らない人の誘いにも乗りますのでよろしくお願いします。

住所:世田谷区野沢2丁目32ー6 シェアハウスひだまり駒沢

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line: ken777nate

 

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たまに真面目な文章も書きます。僕が学生時代にイベント団体「ムダ祭り会」を作ってから、崩壊させてしまうまでの一部始終です。

当ブログで一番長い記事です。団体を育てる喜びも、バラバラになる悲しみも、全部詰め込みました。

 

 

 

お仕事大募集中!

イベントコンサル

僕の本業である変な遊び・イベント作りの相談は、イベントコンサルという形で請け負っています。

変なイベントコンサル、始めました【相談は一時間500円!】

2016.08.18

「イベントやってみたい!」という個人の方も、「うちの商品をユニークに宣伝して欲しい!」という企業様も、お気軽にお申込み下さい。

 

ライター

文章を書くのは得意です。

以下のようなタイアップ記事広告や、

一日買われて漫画「小さな恋のものがたり」の宣伝塔になった話【生活費クラウドファンディング】

2016.10.25

 

以下のような狂気の企画で世間から熱い注目を集めることもできます

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2016.07.10

 

おかしな企画をやって文章にするのが得意ですが、それ以外にもこういう真面目な文章も書けます。

「あなたの夢は何ですか?」という質問を一年続けて気づいたこと

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以上、長いプロフィールでしたが、読んで頂いてありがとうございました!

 

 

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