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むだそくんについて

「社長が謎の新規事業に金を使う」と愚痴を言う彼女に、僕はケンカを売った

仕事論

「旦那と一緒に新居に引っ越したんだけど、遊びに来ない?」

しばらく会っていなかった友人から、一年ぶりに連絡が来た。

彼女は、僕がかつて崩壊させてしまった学生団体のスタッフだ。

無残にも崩壊させてしまった学生団体だから、人間関係もほとんどすべて崩壊した。20余名いたスタッフとも、ほとんど連絡を取ることはなくなった。

それでも、彼女との人間関係だけは保たれていた。彼女とは時折遊んでいたし、結婚する報告も昨年受けた。旦那さんと3人で飲みに行ったこともある。

彼女との関係は、過去の人間関係を保つのが苦手な僕にとっては非常に珍しい、細く長くキープされている人間関係の1つである。

 

そんな彼女からの誘いと、気のいい夫妻に再会できることを嬉しく思い、新居に泊めてもらうことにした。

 

約束の日の夜は、雨が降っていた。折り畳み傘を持って、彼らの新居があるという最寄り駅の改札を出ると、すぐにご夫妻が迎えてくれた。

駅の近くにはざっかけない飲食店がたくさんあるから、夕飯を済ませてから家に向かおう、ということだった。

街を少し散策してから、創作餃子を出す餃子居酒屋に入った。

 

根っからのビール党だという旦那さんに合わせて、僕もビールを頼んだ。彼女は何かしらの甘いお酒を頼んでいた。

最初のグラスと皿が運ばれてくる。お酒と餃子を口に運びながら、お互いの近況を話した。

彼女らの新婚生活のこと、僕のやっている事業のこと、旦那さんと彼女の仕事のこと。

彼女の旦那さんは僕や彼女よりもだいぶ歳上で、いかにも技術職だなという、柔和で口数の少ない人だ。だから、生来のおしゃべりである僕と彼女が、場の言葉の98%を独占する形になった。

 

二杯目のグラスが運ばれてきた頃には、久しぶりの再会という感覚も薄れ、ぶっちゃけた話も始まってくる。

脈絡なく、彼女の仕事の愚痴が始まった。

 

***

前職の社長がさ、ホントにありえなかったんだよ。

ひどいワンマン判断で、謎の新規事業を持ってきて、そこにガンガンお金を使うの。

私たちのチームが受託で稼いだお金を、お金になるアテがまったくない新規事業に突っ込むんだよ。謎のVRアプリとか。

もう信じられない!と思って。こんな社長の会社で働けなくない?

だから結局辞めたんだけど、社長はホント残念だしムカつくわ。

***

 

こんな内容だった。

僕は、ビールのグラスを空けながら、どういう姿勢でこの話を聞こうか、少し考えていた。

「うんうん。大変だよなあ。そりゃそんな会社で働けないよなあ」と、無難に話をやり過ごすこともできる。でも、それは僕らしくない。

結局、少し考えた後に、「場の空気は悪くなっても構わないから、本音で返そう」と決めた。

 

***

空気悪くするかもしれないけど、僕はこういうとき本音を言っちゃうタイプなので、思ったこと言わせてもらうね。

僕は立場上どうしても経営者の目線で物事を考えちゃうから、今の君の話は「何勝手なこと言ってんだコイツ」という感じだった。

 

経営者という仕事の本質は、「責任を負うこと」にある。

君には見えてないのかもしれないけど、君の前職の社長も、プレッシャーで吐きそうになったことも、一度や二度ではなかったはずだ。眠れない夜を過ごしたことも、一度や二度ではなかったはずだ。

 

君は、会社から毎月の給与をもらっていたよね?君だけじゃない。十数名いたという会社の社員全員がもらっていたはずだ。

ということは、少なくとも500万とかそういう単位のお金を、会社は毎月出し続けているんだよね。

この500万単位のお金に対して、責任を負っているのは誰?

言うまでもない。社長だ。社長だけだ。

 

彼は、君たちの給与を払えるように、死ぬ思いをしている。

「私たちが受託で稼いだお金」という表現を君はしていたけど、そこに社長は関与していないって思ってる?それは大きな誤解だよ。

今、順調にやってきている受託の案件がもしなくなったとき、死ぬ気で状況を打開しなきゃいけないのは誰?

今、取引先とトラブルが生じて訴訟が起こったとき、責任を取らなきゃいけないのは誰?

今、社長が謎の新規事業に注力していても利益が出るような仕組みを、血の滲むような努力で作り上げたのは誰?

 

だから、「私たちが受託で稼いだお金を社長が浪費している」みたいな言い方は正しくないしやめてあげて欲しいと思う。

社長の仕事は大抵の場合、荒れ果てた土地を耕して、畑にすることなんだ。農作物の管理や収穫に関わっていないからってといって、サボっているわけじゃない。

畑の持ち主はやっぱり彼だし、彼は畑で問題が起こらないかは常に監視している。問題が起こったときに責任を取るのも全部彼だ。彼はそれを理解した上で、それでもまた新しい荒れ果てた土地を耕している。

 

もっというと、彼は誰よりも畑の作物の大切さを理解しているよ。何しろ、耕して畑を作ったのは彼なんだから。

君からは一見、「私たちが頑張って稼いだお金の大切さも分からずに無駄遣いする社長」に見えるのかもしれないけど、違うって。会社の帳簿とにらめっこしている社長は、会社の金の大切さを、誰よりも深く理解している。君たちに給料が出せなくて困るのは彼だからね。

それでも彼は、一見無駄遣いに見える投資を続ける。彼の仕事は、荒れ果てた土地を開墾することだから。荒れ果てた土地を開墾することこそが、チャレンジングで面白い仕事だから。

彼は多分、最初から「謎の新規事業」をこそやりたくて会社を作ったんだと思うよ。誰から見ても岩場にしか見えないひどい土地を開墾するのは、開拓者にとって無常の喜びだ。今は長い準備の末にようやく岩場に立ち向かっているんだ。

 

さて、彼の持っている最も強いカードの話をしよう。

一般に、強い責任は強い権力に紐づいている。

会社の活動についてあらゆる責任を負っているのは、社長だ。

だから当然、会社の活動についてあらゆる方針を決めるのも、社長だ。(この辺、持株比率の話とかをするともっと複雑になるけど、一般的なごく小さなIT企業の話で単純化するね)

彼、すなわち社長の持っている一番強いカードは、この「社内のリソース(資金や労力)をどこに割くか決定できる」という権利になる。

ほとんどの社長は、この権利を得たいがために、安定した職や安穏とした生活を捨てて、経営という激動の道を歩み始める。

分かるかな?彼はこの権利を得るために、色々なものを捨てているし、労働者よりもずっと重い責任を負っている。その代わりに得たのがこの権利なんだ。だからこの権利をいたずらに否定するべきじゃない。

 

 

でもね、「だから社長のワンマンを全部我慢しろ」ってワケじゃない。

次に言いたいのは、君が持っている一番強いカードの話だ。

労働者が持っている一番強いカードは「いつでも辞められる」ということだ。「責任を負わなくていい」とも言えるかな。社長のデメリットの裏返しだね。

労働者ってめちゃくちゃ気楽なんだよ。「ダメだな」と思ったらすぐに会社を辞めて別の場所に行けるから。

なぜか分からないけど、世間では「労働者よりも経営者の方が強い」というイメージが横行している。これは大いなる間違いだ。小さな企業においては、間違いなく「経営者よりも労働者の方が強い」。

大企業は使えるリソースが大きいから、前述の「社長の権利(社内リソースを自由にできる)」が大きくなるけど、中小企業はリソースが小さいから「労働者の権利(いつでも辞められる)」の方が大きい。

このあたりの話は、借金玉さんというライターが書いている「労働者は強い」僕が体験した、創業期における従業員の話という文章に詳しい。ぜひ読んでみて欲しい。

 

さて、長くなってしまったけど、前提条件は出そろった。

今までの話を今回の君の愚痴に当てはめると、こうなる。

 

社長は、彼の持つ一番強いカードを使った(会社の資金を謎の新規事業に投入した)

君は、君の持つ一番強いカードを使った(気に入らないから会社を辞めた)

 

2人とも、ゲームのルールに則った立派な行動を取った。2人とも、非難されるようなことは一切していない。

だからこそ、社長を非難するべきではない。

 

もし社長が、君の持つ強いカードを奪い取ろうとしたり、ルール違反のカードを捏造したならば、それは非難するべきだろう。大いに文句を言うべきだ。

でも、今回はそうじゃないでしょう?

 

 

君も社長も、ルールで認められた最強カードをお互いに出し合って、ゲームをまっとうした。それだけのことだ。

それをさも、社長が卑怯なことをしたかのように言うのはズルい。君は社長を非難するべきではないし、社長も君を非難するべきではない。

 

***

 

僕は今回の話で、彼女を怒らせる覚悟をしていた。性格が悪いと言われるのならばそれも構わない。薄ら笑いを浮かべて自分の意見を殺してすごすよりも、性格が悪いと言われる方がずっと安心できる。

だが、彼女は全然不機嫌になった様子を見せずに、僕の話を反芻したり、納得行かない部分をぶつけてきたりした。

彼女は「いい子」だ。人の意見を、100%素直に受け入れることができる。僕にない能力だな、と思う。

もうしばらくこの話については喧々諤々が続き、概ねお互いが納得したところで終了した。

 

飲み会の後半は、昔流行ったゲームの話や、最近面白かった本の話、あるいは下世話な冗談で、大いに盛り上がった。

ご夫妻の新居に移動した後も、飼っているペットとあそびながら、他愛ない話や思い出話に花を咲かせた。

 

3つほど年下の彼女を、尊敬してしまう。

僕のこの手の反論を受けた相手はしばしば不機嫌になり、対話を拒否する。場合によっては、二度と会わないくらい関係性が壊れることもある。

彼女は一切そうしなかった。少しも不機嫌になった様子を見せず、自分と違う意見を大いに受け入れる姿勢で、じっくり僕の話を聞いていた。

僕もそうあろうと、強く思う。自分の考えと真っ向から対立する意見をぶつけられたとき、不機嫌な様子を一切出さない彼女を見習いたいと、強く思う。

不機嫌にならないことは、議論をするものとして、一番大事な心がけなのだろう。

 

彼女に見送られながら南武線の改札を通る。足取りは軽い。良い学びを得たし、尊敬できる人にも会えた。

旧友の家を尋ねるのも、たまには悪くない。

author
Ken Horimoto
堀元 見

インターネットおもしろ雑文オジサンとして生計を立ててます。(性格が)悪そうなヤツはだいたい友達。

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