僕は今年の3月いっぱいで大学を卒業しました。
就職はしませんでした。卒業した後は、「非日常クリエイター」として生きています。
その辺の経緯について、今日は書いてみます。
①何となく流されて生きてきた人生
僕は元々、卒業後は大学院に進学しようと考えていました。
大学院というとかなり特殊な進路に見えますが、僕のいた大学の学部(慶應義塾大学理工学部)は学生の八割は大学院に進学します。
その風潮に流されて、僕も進学しようと思っていました。何となく「働きたくないし、学生の期間が長い方がいいなー」程度の考えしか持っていませんでした。
②「ムダ祭り会」の創立
2015年の2月に、「ムダ祭り会」なる集団を立ち上げました。ムダなイベントを行っていく団体です。
2015年は5回に渡るイベントを行いました。これが劇的に面白く、僕にとって大きな転機になったのは間違いありません。
こんなに面白いことをして生きていけるなら、それが最高の人生だ、と考えるようになりました。
③「ヘンテコ遊び研究家」との出会い
「ヘンテコ遊び研究家」の高瀬雄一郎さんが、ムダ祭り会の「一万回振る祭り」に来てくれました。
この出会いは僕の中でかなり衝撃でした。
ヘンテコ遊び研究家として生計を立てようとしていた期間の話を聞いて、
そんな生き方があるのか!?
こんな面白い人がいるんだ!?
という衝撃を受けました。「非日常クリエイター」として生計を立てることを考え始めたのはこの頃でした。
その後、彼とは何度かお酒を飲みながらディスカッションを繰り返しました。
彼の家にアルミホイルを貼ったりもしました。
④研究室生活で覚える違和感
一方、4年生から始まった研究室の暮らしはあまり面白くありませんでした。
これは僕がやるべき仕事なのか?僕はここに喜びを感じられるのか?
そう考えたときに、答えはNOでした。有り体に言えばつまらなかったです。
僕はスピード感を重視するので、あと2年もつまらないことをやっている気にはさらさらなれませんでした。
⑤面白いことをしていると、仕事に繋がるという実感
僕がやっていることを面白がってくれる人がいます。
シェアハウスの管理人をさせてもらったり、イベントに使える空き家を紹介してもらったり、色々な経験をしました。
面白いことを続けていれば、生きていけるんじゃないか。
何の根拠もないけど、そう思いました。
僕は自分が面白いと思うことをして、周りの人にも面白いと思ってもらえる仕事をしたかったです。
そして、そんな仕事ができる手応えを感じました。
──ここで挑戦しなかったら、そんな人生は嘘だ
そう思いました。
だから、僕は挑戦します。自分が面白いと思えることで、生きてみようと思いました。
⑥ということで…
そんな訳で、お仕事大募集中です。
とにかく面白いことなら何にでも食いつきます。
「イベント作り」「場所づくり」「コミュニティ作り」が得意です。
関東近郊ならどこにでも出向きますので、お仕事の依頼や、ちょっと話すだけでもお気軽にojigisuru@gmail.comまでお願いします。