株式会社つくってあそぶという謎の会社を経営しつつ、大量のマンガを読んでいます。堀元です。
さて、先日、マンガ「セトウツミ」を読んでドハマリしたんですね。
セトウツミ面白い。無限に読んでしまうので、腹いせに好きな掛け合いをスクショして上げていく。今度何かに使う。https://t.co/qVKMahSZc5 pic.twitter.com/OYMozsFnpN
— 堀元 見@あそびカタのプロ (@kenhori2) February 25, 2018
男子高校生が二人で河原で喋る、というだけのマンガなんですが、びっくりするくらい気持ちいいテンポで、思わず笑ってしまうかけあいが繰り広げられます。
とにかく、フキダシの位置やコマ割りにかなりこだわっていて、まるで漫才を聞いているかのようなテンポで読めるマンガです。
従来のマンガ表現では不可能だった領域にまで踏み込んでいると言えます。とにかく素晴らしいマンガでした。
しかも、この調子で掛け合いをし続けて終わるのかと思いきや、最後には意外な着地点が待っていて、「やられた!」という感覚になります。
掛け合いの中にさり気なく伏線が入っているという、素晴らしい構成です。未読の方は是非読んで下さい。1巻から大笑いできることを保証します。
さて、これだけ素晴らしいマンガを描けるのだから、セトウツミの作者「此元和津也」はよほど素晴らしい漫画家なのでしょう。
気になってしまいますね。早速調べてみました。
ウィキペディアに作者ページが存在しない
僕はこういう時、まずウィキペディアで調べます。
ウィキペディアは漫画家の略歴、作品一覧から出身地まで、何でも載ってますからね。
と思いきや、なんとウィキペディアページが存在しませんでした。えっ!?マジで?
セトウツミは実写映画化しており、世間的な知名度がそれなりにあるマンガです。にも関わらず、その作者の作者ページが存在していない。これは異常事態です。
僕はウィキペディアを読むためのWebメディアをやっているくらいウィキペディアを愛用しているのですが、こんなことは初めてでした。
ちなみに、参考までにマンガ「キングダム」の原泰久のウィキペディアページはこんな感じです。
普通は、経歴とか、誰のところでアシスタントしてたとか、そんな話がいっぱい載ってるはずです。
此元和津也についての情報が、存在しない
さて、ウィキペディアに作者ページがないのなら僕が作ろうかな、とか、なぜないのかな、とか考えながら作者である此元和津也について情報を集めにいきます。ググってみました。
出てくるのは、作品を購入するためのページか作品の情報ページばかりです。
このへんから、雲行きが怪しくなってきます。謎が深まる。
Twitterに「#此元和津也」というハッシュタグが存在するらしいので見てみましたが、告知情報のみです。
もちろん此元和津也本人のTwitterアカウントなども存在しませんでした。
このあたりから、ウィキペディアページが存在しなかった理由が分かり始めました。作者についての情報がなさすぎるからなのでしょう。
手がかりらしきもの
諦め気味でGoogleの検索結果の続きを見ていくと、15件目にひっそり「此元和津也:お知らせ」というページが出現します。
しかし、2017年12月8日、セトウツミ最終巻の発売告知を最後に、更新は途絶えています。
最後の告知がこちら。
色んな意味で、ギリまで休みたいと思います。
約4年間、本当にありがとうございました。
此元和津也
……これだけ!?
普通もっと作者ブログって、「◯◯が××でホントに大変でしたが、気持ちいい終わらせ方ができてよかったです!本当にありがとうございました!」みたいに、ちょっとした裏話とか苦労秘話みたいなのが語られたりするんじゃないの!?
ブログの他の記事も何記事か遡って見てみましたが、こんなような内容のみ。作者本人に肉薄できそうな内容はゼロ。
そもそも、検索しても15番目に出てくる時点で、やる気のなさがうかがえます。無料サーバーだし。更新されてないから広告とか出ちゃってるし。
リンクの発見-作者ホームページへ。
そう思った矢先、先ほどのお知らせブログのトップページに戻ってみたところ、ふと気になる発見が。
こちらがそのトップページ。
最初パッと見たときは「広告がジャマだな」くらいにしか思わなかったのですが……
よく見ると、「HP」という文字があるではありませんか!
さりげない。さりげなさすぎる。「俺でなきゃ見逃しちゃうね」って感じなんですが、僕は見つけました。偉い。
クリックしてみたところ、此元和津也のホームページに飛びました。
感動。作者ホームページにたどり着けただけで感動。
っていうか、あんな小さなリンクを見逃さなかった人だけ行けるサイトってどないやねん。パズルじゃねえんだから、と思いました。
しかしまあ、苦労しただけにゲームを攻略したような喜びがあります。よかったよかった。
ホームページには「profile」の文字があります。ここをクリックすれば、作者のプロフィールが読めるはず!!
そんな達成感とともにクリックして、出てきたプロフィールがこちら。
profile:此元和津也(konomoto kazuya)
漫画家
…
さっきの感動返せ。
なんということでしょう。ゲームクリアではありませんでした。ラスボス倒したと思ったら本当のラスボスが出現して2連戦するパターンのヤツでした。
プロフィールページにはたどり着きましたが、何の情報も増えませんでした。
何だ。何なのだ。此元和津也は我々を翻弄してどうしようと言うのか。
いや、むしろ、此元和津也は自分自身の素性を隠すことで、読者が彼の素性について模索するというエンタメを提供しているのではないか。
それっぽい。セトウツミの構成なんてまさにそんな感じだもんな。伏線を張り巡らせて、さりげない一つひとつの会話にヒントが潜んでいる。
作者の素性を隠して読者をジャーナリストに仕立てることが、彼が仕込む壮大な作品なのかもしれない。
ジャーナリストごっこを楽しもう
ということで、僕の中のジャーナリスト精神がめっちゃ刺激されてしまったので、引くに引けなくなりました。
もう、何らかの知見を導き出さないとやめられない。此元和津也について知りたい。本当のキミを知りたいの。そんなメンタリティがクビをもたげてきました。
ジャーナリストたるもの、まずは手に入る限りの全ての情報を収集することにしました。
此元和津也作品全てを読む
手がかりを探すために、「セトウツミ」以外にも、手に入る限りの此元和津也作品を全部読みます。
1つ目、「スピナーベイト」全3巻。
2つ目、短編集「テリトリー」。
その他、「こわい童謡」という本のコミックス版作画、劇団ひとりの「陰日向に咲く」のコミックス版の作画を担当しているようですが、この2作品はAmazonにも在庫がなく、すぐには手に入りませんでした。
しかたない、一旦諦めよう。「スピナーベイト」と「テリトリー」を読もう。
「スピナーベイト」からの収穫
と思って読み始めたところ……
セトウツミとは打って変わって、とてもバイオレンスなマンガでした。期待してたのと違う。
しかし、ミステリーとしては非常によくできています。全3巻のうち2.5巻を使って伏線を張り、最後に一気に種明かしをするという構造。
やはり此元和津也は相当なストーリーテラーであるという確信が得られました。
セトウツミは作品の特徴上笑いにフォーカスしており、ミステリー的な純度は下がっていました。本作スピナーベイトは、笑いを除いて物語を作っている分、純度が高い物語でしたね。
ただ、殺伐としすぎてるし種明かしまでの間が長すぎて、個人的な評価はそれほどでもないです。セトウツミの方が面白かった。
そして、だから何なのかという感覚もあります。作者には肉薄できていない。
作者のパーソナルな情報が得られそうな要素はゼロでした。ただただストーリーテラーである彼の実力を見せつけられただけだった。
「テリトリー」からの収穫
続いて読んだのが、短編集である「テリトリー」。
本筋から外れて恐縮ですが、このマンガ、すげえ面白いです。
ストーリーテラーとして実力のある人の短編集って面白いんですよね。
ハンターハンターの冨樫義博のオムニバス短編集「レベルE」なんかもめちゃくちゃ面白いんですけど、此元和津也の短編集もやはり面白い。
圧巻なのは、表題作「テリトリー」。
家出した猫を探す一人暮らしの大学生と、怪しい男が出会い、ストーリーが動いていきます。
たった32ページの短編でありながら、意外な展開の連続。「えっ!?そのキャラクターそこでそうなるの?」という驚きが度々あり、最後には素晴らしい大オチが待っています。
また、叙情性もたっぷり。意外な展開を重ねただけの物語ではなく、妙に爽やかな読後感があります。気持ちいい、理想の短編だと思う。
「驚かせる仕掛けがある、そして叙情性もあり、爽やかな物語」という点で、僕の大好きな小説「吉祥寺の朝比奈くん」の筆致にかなり近いものがあります。
他の短編も全部面白い。オススメ。
……はい、ということで、「謎の漫画家、此元和津也を追え!」というジャーナリスト精神で読み始めたのに短編集のできが良すぎて、ただただマンガを楽しむ人になってしまったことをお詫びします。
本筋に話を戻しますね。
結論から言うと、「テリトリー」からは非常に多くの情報を得ることができました。
巻末に、此元和津也と担当編集者の対談が収録されているのです。
以下、此元和津也についての情報が書かれている部分を抜粋します。
と、こんな感じで有益な情報がいっぱい出てきます!
上記の内容から分かることが、
- 人生で初めて描いたマンガでいきなりアフタヌーン四季賞を受賞している
- 二番目に描いたマンガもバーズの賞を受賞。これが此元和津也名義の初作品「ダミー」。
- 此元和津也は自分の作品に関してかなりの自信家(大賞じゃないことにイライラする)
というデータです。
いいねいいね!一気に歩み寄って来たよ!
更に、3ページ続く対談で、この先にも情報がたくさん転がっていました。
- 1番目、2番目のマンガを描いた後、原作つきの2作を描いた
- 此元和津也は、それまでに70ページくらいしか描いたことがないほぼ素人だったのに、いきなり重たい原作つきを2作もやらせられてキツかった
- 1年くらいペンを握っていない時期がある(漫画家をやめたいと思っていた時期)
- (嫌な雰囲気のホラー漫画を描いたことについて)笑い中心のセトウツミを描いていたから、反動で嫌な話を描きたかった
- アシスタントも使わずに、ずっと一人で描いている
- アシスタントに行ったこともないので、同業の知り合いもいない
- 同級生にも自分が漫画家だと言っていない。
- 担当編集者とは10年の付き合い
非常に有益な情報です。特に後半。「なぜ此元和津也についての情報がないのか?」の答えが出ましたね。
アシスタントにも一切行ってないし、周りに自分が漫画家であることも言ってないから、情報が存在しないんですね。
また、漫画家であることを隠しているため、余計な個人情報も出したくないようです。
しかし、今まで出てきた情報を統合すると結構歩み寄れそうなのでは…?
「1年」や「◯作目」といった情報が出てきたので、漫画家としての全経歴も何となく推測できそうです。
「テリトリー」に収録されたそれぞれの短編マンガの初出年月日については、コミックナタリー「セトウツミ」の此元和津也による初の作品集、描き下ろし含む7編収録に載っていたので、このデータを活用すれば、具体的な年表にまで落とし込めそう。
ということで、多分に推測混じりではありますが、情報をまとめて此元和津也の経歴を年表にするとこんな感じ。
わかったこと:此元和津也の経歴
2006年8月以前のいつか:初めて描いたマンガで、アフタヌーン四季賞を受賞
2006年8月:マンガ「ダミー」で幻冬舎の月刊バースで賞を取り掲載される。此元和津也名義での初作品となった。
2006年8月以降のどこか3ヶ月:原作付きの2作品「こわい童謡」「陰日向に咲く」を、3ヶ月程度で描かされる(キツかった)
2007年7月:「こわい童謡」発売
2008年1月:「陰日向に咲く」発売
2008年12月:短編「テリトリー」が掲載される。
2010年3月頃?:「スピナーベイト」連載開始
2011年5月頃?:「スピナーベイト」連載終了
2011年5月頃〜2012年5月頃?:漫画家に向いていないのでは、やめようか、と思い悩む
2012年6月:短編「百年カレンダー」が掲載される。
2013年2月:短編「『このまま終わってたまるか』なんて言いながら」が掲載される
2013年5月:「セトウツミ」連載開始
2013年9月:短編「トシくんとハナちゃん」が掲載される。
2017年12月:「セトウツミ」連載終了。著者ブログにて「ギリギリまで休む」と宣言。
断片的に出てきた情報をまとめると、こんな感じになりそうです。
2006年(?)のデビューから2008年まで、トントン拍子で漫画家として様々な仕事をして、少し連載準備をして、その後にスピナーベイトを連載。しかし、漫画家向いていないのではと思い悩み、そこを抜けてからセトウツミ、みたいな感じですね。
わかったこと:此元和津也の人物
続いて、人物について。といっても、こちらは歩み寄る資料が先ほどの対談しかないので、ほぼその内容になりますが……
- アシスタントを使わずに描いている(寂しいらしい)
- アシスタント経験もなく、同業者の友人もいない
- 人見知りである
- 関西出身
- 担当編集者とは同じ関西出身で10年の付き合いなのに、それほど仲良くはない
- SNSもやっていない
この辺までは対談に書かれている、明確な事実。
そして、対談における事実や作品を通して読み取れる内容がこちら。僕の推測混じりです。
- 漫画家としての才能に恵まれている
- 職人気質で、制作物に対して大きな誇りを持っている
- 自分の作品に誰かの手が入って納得いかなくなるのが嫌だ。
- ギャグ漫画を描くのが好きなワケではなく、むしろ笑いばかり描くと疲れる
- ダークな世界観を好む。
- 「作り手と作品は分離されるべきだ」と考えている
- 「作り手がゴチャゴチャ語るのは野暮で、作品に語らせるべきだ」と考えている
- 複雑な内的世界を構築するタイプで内省的
- その内的世界を表現する形で作品を作ることが多い
まとめ
以上、「謎の漫画家此元和津也に迫る!」というジャーナリストごっこをしてみました。いかがだったでしょうか?
こういうちょっとしたジャーナリズムをくすぐられる謎、毎日にちょっとずつ落ちてますよね。少年探偵団に憧れた少年のように、こんな謎を追い求める楽しさを、いつまでも忘れたくないものです。
もしかしたら本当に、此元和津也はこのジャーナリストごっこを提供するために自分の情報を隠しているのかもしれません……いや、それは言い過ぎか。
それにしても、此元和津也についてちゃんと情報をまとめたのは僕が最初なので、達成感がありますね。この世の謎を1つ減らした感じがあります。これがジャーナリストごっこの醍醐味だよ。
達成感はあって素晴らしいのですが、唯一の問題として「ここまで調べるのに8時間くらいかかった」ことが挙げられます。やっちゃったよ。仕事放り出して漫画家について調べちゃったよ。
ということで、今は
感がいっぱいなのですが、この記事を楽しんでくれた皆さんが感想をくれたらやっちまった感が薄れると思います。
ですので、堀元見のTwitterアカウントまで「よかったよ!」とひと言ください。よろしくな!!
参考文献
コミックナタリー「セトウツミ」の此元和津也による初の作品集、描き下ろし含む7編収録
「スピナーベイト」
「セトウツミ」
「テリトリー」