「ウィキペディアを読んでいたら一日が終わる」という話をよくする。
この話をしたとき、多くの人の反応は「えっ!?どういうこと?何が面白いのそれ!?」という感じである。
確かに、ウィキペディアを読み漁る習慣がない人には、面白さがさっぱり分からないのかもしれない。
だが、実際に死ぬほど面白いのだ。
知的好奇心を満たす、という意味で面白いのはもちろんのこと、更にいえば、笑い転げることも可能である。
今日はそんな典型的な「ウィキペディアを面白がる」流れを解説したい。
調べ物からの脱線
ウィキペディアを楽しむ人にとっても、スタート地点はやはり普通の人と同じ、「調べ物」である。ここから徐々に脱線して、丸一日遊び呆けてしまうのだ。
(たまに、毎日ウィキペディアのトップページを確認して「更新されたページ」や「日替わりの秀逸な記事」を確認する人もいるが、これは重度のウィキペディアオタクというか異常者なのでとりあえずおいておく)
例えば、ナチスドイツの独裁者「ヒトラー」について調べたいとする。検索すると、このページにたどり着く。
ヒトラーのページは、さすが書きがいがあるのだろう。何万文字という豊富な情報が並んでいる。
普通は、このページの中の必要な情報を探して読んだら調べ物を終了してページを閉じるのだろうが、ウィキペディア愛好者は違う。
僕は、必ず「関連項目」をチェックする。
ウィキペディアの下の方には、「関連項目」というセクションがあり、ここに面白いことが書いてあることが多いのである。
「アドルフ・ヒトラー」の場合はこんな感じ。
そして、この中にめちゃくちゃ面白そうな項目があることをお分かり頂けるだろうか。
これだよ。これ。
「ヒトラーのキンタマ」である。
こんなもん、もうクリックする前から面白いじゃん。なんでそんなページ作ったん??
っていうか「キンタマ」って。もうちょっと固い日本語あっただろ。「睾丸」とかあるだろ。なんであえて「キンタマ」にしたんだ。
カタカナで「キンタマ」ってお前小学生かよ。
そんなことを考えつつ、「ヒトラーのキンタマ」をクリックする。
もうこの時点で、最初の調べ物からは完全に脱線し、ただの面白半分である。
ページの展開に舌を巻く
さて、「ヒトラーのキンタマ」をクリックすると、このページに飛ぶ。
以下、ページ内の説明を抜粋。
「ヒトラーのキンタマ」(Hitler has only got one ball、ヒトラーにはひとつしかキンタマがない )とはケネス・アルフォード作曲『ボギー大佐』に下品な歌詞を付けた歌である。第二次世界大戦中のイギリス軍兵士の間で広まった。歌詞はドイツの指導者を揶揄する四行詞であるが、さまざまなバリエーションがある。
なるほどなるほど。ヒトラーたちをバカにする替え歌なのか。
少し下にスクロールすると、替え歌の歌詞が出てくる。
まあ、ありふれた替え歌というか、下世話な民衆が楽しんで歌ったんだろうなという感じがする内容である。
さて、そんなワケで大体内容を理解して解決かと思いきや、ウィキペディアが底力を見せるのはここからである。更にスクロールしていくとこんな展開になる。
なんと、ただのゲスな替え歌の歌詞に思われた「ヒトラーのキンタマは一つだけ」の真偽に切り込むという展開を見せる。
一通り情報を洗っただけで満足しない、ページ製作者の執念を感じる見出しである。
というか、「ヒトラーの睾丸は本当に一つだけだったのか?」って、ちょっとカッコいい。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」みたいだ。SFとかミステリー小説とかのタイトルに使えそう。
新書でもイケる。「ヒトラーの睾丸は本当に一つだけだったのか?」、本屋で売ってたら買うもんな。「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」みたいなもんだ。
気になる言葉が次々に出現
そして、この「ヒトラーの睾丸は本当に一つだけだったのか?」の節は、長々と続いた後にこのように締めくくられる。
逆に聞こう。この締めくくりの文章を読んでしまって、「潜在精巣」というリンクをクリックせずにいられるか?
僕は無理だ。
という気持ちで、リンクをクリックする。
この時点で、最初の「ヒトラーについての調べ物」という目的からは遠く離れ、「潜在精巣」という謎の単語について学んでしまっている。
ウィキペディアの魔力はこの「気になる言葉のリンク」にある。気になる言葉のページにワンクリックで遷移できてしまうので、無限に湧き出す知識欲を延々と満たし続けてしまうのだ。
「潜在精巣」から、再びヒトラーへ
さて、クリックして「潜在精巣」のページに遷移する。
この潜在精巣のページをサッと流し読みすると、気になってくるのはここだ。
両側性の潜在精巣である場合は生殖能力がないのに対し、片側性の場合は生殖能力は低下するものの、完全に失われるわけではない。
すなわち、「片側が潜在精巣だったヒトラーは、生殖能力が低下していたはず」なのである。
と、話は再び「ヒトラーのWikipediaページを読もう」に戻る。
だが、調べ物が目的だった前回と違い、今回は単なる興味本位。知りたいことは「キンタマが片方の男に性欲はあるか?」である。これまたSFのタイトルみたいな興味を持って、再びこのページを読むことになる。
すると、先程は読み飛ばしていたこの部分に目が向くことになる。
以下、衝撃の文言を抜き出そう。
第二次世界大戦中に連合国軍はヒトラーに女性ホルモンを摂取させて女性化した彼にヒゲを剃らせてしまおうと計画した(ヒトラー女性化計画)
え、何これマジで?
しれっと書いてるけど、めっちゃバカみたいな内容だよね。
連合国軍、ヒトラーを女性化しようとしてたの?ヒゲを剃らせるために??
計画の内容、頭悪すぎでは??
いや、これだと断片情報だからバカっぽく見えるだけなのか…?詳しく知ればもっと意味のある話になるのだろうか…?
こうなってしまった以上、次は「ヒトラー女性化計画」をクリックせずにはいられない。
ページ遷移後に表示される説明がこちら。
ヒトラー女性化計画とは、第二次世界大戦中にアメリカの諜報機関「戦略諜報局」(略称OSS)が、ドイツの指導者アドルフ・ヒトラーに強力な女性ホルモンを投与し、心理状態を不安定にし、声や容貌を女性化しようとした計画。
うん、やっぱアメリカ軍バカだわ。
何考えてんの??ホントにそれ会議通ったの??
A「ヒトラーを失脚させたいよね…!」
B「うーん、あいつの威厳を減らしたいなぁ」
C「あ、女性ホルモンを投与して、ヒトラーを女にしちゃえばいいのでは」
一同「それだ!!」
ってなったの??いやいやいや。みんな落ち着こうよ。そんなギャグ漫画みたいな作戦でいいわけないじゃん。それ、Dr.スランプアラレちゃんとかで採用されるやつだから。
アメリカの諜報機関「戦略諜報局」(通称OSS)というすごそうな機関が考えた作戦なのがまた味わい深い。そんな仰々しい名前の機関が、アラレちゃんみたいな作戦を考えるな。
この「ヒトラー女性化計画」のページはそれ以外にも味わい深い部分がホントウに多い。以下、本文を要約。
- ヒトラーはおしゃべり好き。これは彼が女性っぽい性格であることを示唆。
- ヒトラーは粗食で、運動が嫌い。これも女性(主婦)っぽいよね
- ヒトラーは子供が好き。つまり母性が強い
- ほら、ヒトラーってかなり女性的じゃん!女性ホルモン投与すればもう女だよ!
- 女性化すると、ヒトラーのトレードマークであるちょび髭やカッコいい演説ができなくなる!
戦略諜報局、バカしかいないのかな。
この作戦会議してたところに混ざりたい。「ヒトラーは元々女っぽいし、イケるな!」ってなったところ、生で見たい。笑い転げる自信がある。
そして、この作戦立案のところも面白いのだけれど、「計画実行」のところも面白い。
本部は計画の成功に沸き立ち、「ヒトラーにブラジャーをプレゼントしたい」「では私はマニキュアを」などとふざけあったという
いや、もうクラスのお調子者じゃん。
ただの中学生じゃん。精神年齢13歳かよ。
戦略諜報局の人、「ヒトラーにブラジャーをプレゼントしたい」ってふざけてたのかよ。バカばっかりだな。
というか、百歩譲ってふざけてもいいけど、そんなふざけ合いを文献に残すな。
それ後世にまで残していい会話じゃないから。ウィキペディアに載せるなや。その場にいた書紀的なヤツが、書いちゃったんだろうね。
書くな書くなそんなもん。それはただの悪ふざけだから。ログ取らないで。
後世の人に戦略諜報局がバカにされちゃうよ。っていうか、今まさに僕にバカにされてるよ。
変なログのせいでバカにされるの、かわいそうだな。卒業文集に黒歴史残しちゃって同窓会でバカにされるヤツみたいだ。
そして、再び関連項目へ
ひとしきり「ヒトラー女性化計画」の面白いところを楽しんだあとは、「ヒトラー女性化計画」の関連項目が気になってくる。
これだ。
どれも面白そうなのだが、やはり頭一つ抜けて面白そうなのは「オカマ爆弾」であろう。
オカマ爆弾とは何なのか?オカマが使う爆弾なのか、人をオカマに変えてしまう爆弾なのか、あるいはオカマそのものを爆弾にするのか……。
想像を膨らませて反射的に、オカマ爆弾をクリックしてしまう。
ページ遷移後、最初に出てくる説明がこれ。
オカマ爆弾(オカマばくだん)あるいはゲイ爆弾(ゲイばくだん、英: gay bomb)は、アメリカ空軍研究所が可能性を模索していた催淫性非殺傷型化学兵器の、その計画の珍妙さを揶揄する通称である。
おや、アメリカ空軍研究所もバカの可能性が出てきたぞ…。
と思いつつ、もうちょっと詳しく読んでみる。
この文書では、敵部隊に強い催淫剤を投下し、敵部隊兵士に同性愛行動を惹起し部隊を混乱に陥れることの可能性が示唆され、「完全に非殺傷である」と言及している。
要するに、「敵軍に媚薬をぶちまけて欲情させ、ゲイセックスをさせて混乱させる」という計画である。
うん、やっぱアメリカ空軍もバカだわ。
さっきの「戦略諜報局」に続き、「アメリカ空軍」もアホばっかりやんけ……。
繰り返し聞くようだけど、この計画が出てきた会議どうなってんの??
A「どうにか敵軍を弱体化させたいな……」
B「媚薬を投下して興奮させたら、戦争どころじゃなくなりますよ!」
C「たしかに!ゲイセックスしまくりになるな!」
一同「それだ!!」
ってこと??ギャグ漫画に出てくる作戦じゃん。これに関してはちょっと大人のギャグ漫画じゃん。具体的に言えば「みこすり半劇場」じゃん。
空軍といい戦略諜報局といい、なんでギャグ漫画風の作戦を立案しちゃうの?「戦争は人をおかしくさせる」ってそういう意味じゃねえだろ。
また、上記の説明文はこう続く。
当時空軍研究所はこの開発に750万ドルの予算を要求したという
そんなクソみたいな計画に、7億円以上も予算を要求するな。
「その他の兵器」も面白い
「オカマ爆弾」のウィキペディアページは、一通りの解説を終えた後に「その他の検討された非殺傷型兵器」という見出しに移る。これがまた面白いのである。
オナラ爆弾(「誰だよ?オレ?」爆弾)という文字列の力強さに、頭がクラクラする。
解説文章もまたすごい。
オナラや強烈な口臭のようなニオイを放ち、敵兵がお互いに「誰だよ?」と疑心暗鬼に陥るように仕向け士気を鈍らせる。
いや、もう発想が小学生じゃん。単なる小学生じゃないよ、低学年だよ。
これに関しては、コロコロコミックに連載されてるタイプのギャグ漫画だね。具体的に言えば「学級王ヤマザキ」だね。精神年齢の低下も来るところまで来たという感じだ。
そして、この節の締めくくりも味わい深い。
国防総省にはこのような化学兵器に関して文字通り何百ものアイデアが寄せられたが、1994年の提案の中で実際に開発されたものは一つもなかった
何百ものアイデアが寄せられたのか……。「オカマ爆弾」とか「オナラ爆弾」とかそういうレベルのヤツが何百も寄せられたのか……。
チェックする国防総省の人、さぞ大変だったろうな……。僕は絶対その仕事したくない。
そして、「実際に開発されたものは一つもなかった」というのもいい。戦略諜報局も空軍もアホばっかりだったけど、国防総省の人だけはマトモだったんだな。
よかった〜。なんだかんだ言っても官僚は偉大だよな。国防総省、これからも頑張って欲しい。
そして「ゲイ・パニック・ディフェンス」へ
「オカマ爆弾」があまりにも面白かったので、オカマ関連の言葉を踏みながらどんどん次のページへ遷移していく。
そして、いくつもページを渡りながら、たどり着いたページがこちらだ。
こんなんズルいよ。パワーワード過ぎる。クリックせずに見逃せるはずがない。
クリックすると出てくるのが、こういう説明。
ゲイ・パニック・ディフェンス(英: gay panic defense)[1]は、おもに暴行や殺人を弁護するために行われる法的な抗弁の一種である[2]。この抗弁をおこなう被告は、問題となる行為がホモセクシャル・パニックと呼ばれる心理状態により一時的な心神喪失にあったときのものだったと主張する
要するに、「人を殺しちゃったけど、それはゲイに言い寄られてビックリしたからだ」と言い訳するテクニックということらしい。
Wikipedia内にもいくつか判例が紹介されているが、実際にゲイ・パニック・ディフェンスを活用して審理を有利に進めた例もあるようだ。
そして、このテクニックが各国で多用されてしまったのが問題になり、今では色んな場所でこのテクニックの使用が禁止されている。
強すぎる作戦が生まれることで禁止になる、ってお前遊戯王カードかよ。
A「オレ、ゲイ・パニック・ディフェンス〜!」
B「お前、ズルっ!じゃあオレもゲイ・パニック・ディフェンス〜!」
C「ちょっと〜!もうゲイ・パニック・ディフェンスは禁止にしようぜー!」
っていう小学生の遊戯王カード自主規制かよ。世界各国の法廷で何やってんだ。法廷は小学校か。
裁判は遊戯王カードみたいなもの。お互いが手に入れたカードを上手く出していくものにすぎない、ってやかましいわ。そんなセリフありそうだけど。「SUITS」とかでありそうだけど。
ふと、我に帰る
さて、このように次から次へとリンクをたどったり、気になった言葉を検索したりしているとどんどん時間が流れていく。
ふとした瞬間、「あ、今ヒトラーについてのレポートを書いてたんだった」と思い出し、レポート執筆作業に戻る。
しかし、日はとっぷりと暮れている。丸一日かけてレポートに向き合うはずだったのに、もう一日は終わろうとしている。
かくして、Wikipedia愛好者たちは「米軍の作戦のアホさに思いを馳せる」とか、「裁判は遊戯王カードと同じか考える」なんて得体の知れない作業をしてしまい丸一日を棒に振ることになる。
もちろん、レポートは、睡眠時間を削りながらテキトウに書くことになる。
これこそが、標題に書いた「ウィキペディアで一日が潰れる人の生態」である。
作業の効率は著しく悪いが、人生は面白い。
それがウィキペディア愛好者の暮らしである。
レポートのクオリティは下がるが、知的好奇心に身を任せて新しい知識を収拾していくのは本当に楽しい。
この楽しさをぜひ、皆にも味わって欲しいし、ウィキペディア愛好者のレポートの質が低くても許して欲しい。今回はそういう感じで筆を取った。
まとめ
- アメリカ軍のヤツ、ギャグ漫画みたいな作戦立案しがち
- ウィキペディア愛好者、一日が謎に終わってしまいがち
- でも、ウィキペディア愛好者は人生が楽しい。みんなもやろう。
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