かつて一度だけ、貸してない1万円を返してもらったことがある。
返してもらった相手は、鈴木孝浩さん。僕が「タカさん」と呼ぶ友人だ。
彼は愛知県の田舎町で古民家民泊タカハウスを営みながら、テキトウに生計を立てている。過去には村作りビジネスをやろうとして失敗をした経験があったり、僕との共通点も非常に多い。(関連記事:「ぼくは村作りビジネスをやめる。そう決断するにいたった全経緯と教訓について」)
早稲田の政経卒という経歴に恥じないインテリな男で、非常に体系的で整理された喋り方をする。
よく覚えているのが、初対面の時の会話だ。不動産業界に勤めていたという彼に、僕は不動産の話を聞いていた。
不動産会社の役割は4つに大別できる。仲介・管理・売買・開発だ。その観点で、どこでトラブルが起こっているのかを見ていくと……
この会話の流れを見て、あなたはどう思うだろうか。僕は、「うわっ!この人インテリだ!」と思った。
議論を始める前に、「役割を4つに大別」することで、議論が迷走しないようにしている。論点を1つずつ絞り込んで話し、漏れなくダブりなく議論できるように準備したのだ。
文書上でのやり取りならともかく、口頭でこれができる人はそうそういない。彼はインテリの名に恥じない、確かな知性を感じさせる喋り方をする。
そんな風に、大いにインテリでありながら大いに気さくな彼とはすぐに意気投合して、時折お酒を酌み交わすようになった。生来議論が大好きな僕にじっくり付き合ってくれる、数少ない友人の1人になった。
タカさんは僕よりも7歳ほど歳上だが、僕のむき出しの意見にもフラットな立場で丁寧に議論をしてくれる。よき議論相手であり、尊敬すべき年長者でもある。
でも、今回主題にしたいのは彼の知性や、彼と交わした議論についてではない。
今回の主題は、彼の社会性だ。
かつて彼は、友人間のお金のやり取りで少しギクシャクしそうなところを、「借りてない1万円を貸していたことにする」という極めて高度な技術で切り抜けていた。
僕はこの配慮のレベルの高さと、圧倒的な気づかいに感心した。
だから、今日はその時のことを思い起こしながら、書いてみようと思う。
3月14日「ホリケンナイト」
タカさんが古民家民泊を初めてから割とすぐの頃、「泊まりにきなよ!」という声がかかった。嬉しい誘いだ。
誘いをもらってからスケジュールを調整して、愛知に行くための時間を捻出した。僕はどんなに多忙だろうと、嬉しい誘いにはなるべく乗るようにしている。
泊まりに行く日程を彼に告げると、即座にイベントができあがった。タカさんのブログにはこんな告知が出ていた。
あの村の村長「堀元見」がタカハウスに来るぞ!ホリケンナイト開催します!【2018年3月14日】
このイベントは、何か明確なコンテンツがあったわけではない。ただ、「せっかく堀元が来てくれるのだからイベント化して人を呼ぼう」というタカさんの提案によるものだった。
イベントの収益分配は、【参加者から取った宿泊費の4000円を半分ずつ僕とタカさんで折半】ということでまとまった。
あの村プロジェクトの村長「堀元見(@kenhori2)」がタカハウスに来るのでホリケンナイト開催します!2018年3月14日!アツい夜になるので、興味ある方はぜひ!!! https://t.co/Rj0SpFDm2x
— taka@ボドゲ宿オーナー (@viatortaka) February 22, 2018
平日・愛知県の田舎・泊まりのイベントという、ヒマを持て余した無職しか参加できなさそうな条件にも関わらず、イベント当日には3名ほどの参加者が来てくれた。
元々僕と面識があったり、SNSを見てくれたりして集まってくれた人たちだ。古民家のゆったりした雰囲気も手伝って、すぐに僕らは数年来の友人のようにダラダラと遊ぶことができた。
標高500m、周りに人のほとんどいない静かな古民家で酒を飲みながら、ゲームをしたり人生を語り合ったりした。長い夜で、良い夜だったと思う。
精算の時の「貸してない1万円」
翌朝、解散の前に精算タイムがあった。
参加者は宿泊料を普通に支払っていた。しかし、僕は支払わない。むしろ後で利益を還元される立場だから。
だが、こういうときの僕の立場は少しデリケートだ。僕はこのイベントを通して基本的には「参加者と一緒にただ遊んでいたヤツ」だ。
にも関わらず、僕はお金を払わないどころか利益を享受する立場だ。ほかの参加者の中にはアンフェアだと感じる人もいるかもしれない。
他の参加者からすると、「堀元という友人に誘われてあそびに来たが、実はこれはビジネスだった。自分たちが払った金は半分は堀元の手元に入るのだ」という事実をよく思わない人もいるかもしれない。
……という、ややデリケートな立場の僕を気づかって、タカさんから飛び出した発言がこれだ。
僕は彼のこの気づかいに驚きを隠せなかった。なるほど。そんな精算の方法があるのか。「僕は料金を払っておらず、タカさんと利益を折半している」ということを表に出さずに、それでいてしっかり僕の取り分の6000円を渡してくれた。
僕はすっかり「この場はなんとなく払わずにいて、あとで折半分を受け取る」という動きをするものだとばかり思っていた(し、実際そうするべくこの場ではじっとしていた)が、これはどうしても少し「僕だけ金を払っていない」という違和感が他の参加者の中に残る。
その様子を見ていたタカさんは、違和感を消すべくこの「貸してない1万円」を持ち出してくれた。
この人はすごい、と思う。僕にはできないことだ。
タカさんはきっと、人の「お気持ち」を高いレベルで大事にしている。
僕はタカさんよりも「お気持ち」というものを軽んじていることが多いな、と思った。
僕は「お気持ち」のためにリスクを犯したくない
僕は自分の商人属性を出すことを嫌がらないタイプなので、友人からお金を取るのはあまり違和感がない。だから今回のタカさんの配慮は余計といえば余計なお世話だ。
だが、商人気質を出すのを嫌がる人は多いだろう。そして、今回の「貸してない1万円」メソッドはそんな嫌がる人をケアしてくれる良い手法だ。
ただ、この「貸してない1万円」メソッドについてはデメリットもある。
それは、「ポンコツを相手に使ってしまった場合、失敗する可能性がある」ということだ。
もし仮に僕がポンコツだった場合、
と、変な空気になることは間違いない。これは最悪だ。ほかの参加者にも金銭に関して何か変だったという悪印象を与えてしまう。
また、商売人としても「他の名目で金を払う」というのは避けたいものだ。これは後々、極めてトラブルになりやすい。極端な話、僕が「あのときの報酬を受け取っていない。貸してた金を返してもらっただけだ」とあとからゴネはじめた時に、面倒なことになる。
だから、僕はこれをやらない。リスクとリターンを天秤にかけたときに、とても見合うものだとは思わない。
だが、タカさんはそれをやった。種々のリスクを犯してでも、彼は「お気持ち」に配慮した。この判断がすごい。
彼の中での「お気持ち」の価値はそれだけ大きいのだろう。
「自分だけ金を払っていない雰囲気を周りに感じられるのが嫌だった」という程度の、ちょっとした「お気持ち」ダメージの回避を、大きな価値があるものだと見積もっているのだろう。
「お気持ち」をもっと大きく見積もるべきなのかもしれない
ことわっておきたいのは、僕は「お気持ち」を軽んじているワケではないということだ。
商売でもプライベートでも、あらゆる人間関係にはなんらかの政治が介入する。そして、政治は「お気持ち」の世界である。
もちろん圧倒的な利害関係者についてはその限りではないが、そうでない大多数はお気持ちによってスタンスを決める。お気持ちに配慮することの重要さや必要性は、痛いほど分かっているつもりだ。
でも、今回の件、すなわち「お気持ち配慮をするかどうか」について、タカさんと僕の判断は食い違っていた。
どちらが正解なのだろうか。
「人生には正解なんてない」という主張もあるのだろうけど、僕はそうは思わない。今回の問題は突き詰めれば利益衡量問題であり、最適解は存在すると考えてしかるべきだろう。
したがって、僕かタカさん、どちらかの見積もりが間違っているということになる。どちらが間違っているのだろうか。
ところで、僕の大いなる欠点として、万物に関してやや自信過剰であるということが挙げられる。
この自信は20歳くらいの頃に獲得したもので、20歳を越えてからはたびたび、尊敬する年長者のアドバイスを聞いたのに、自分の方が正しいと考えて無視する、という体験を繰り返してきた。
その結果を言えば、「あのアドバイスに従っておけばよかったな…」と後悔したことの方が圧倒的に多い。アドバイス無視の8割は後悔に結びついたように思う。
だからこそ、最近の僕は尊敬する年長者の判断は重視するようにしている。僕の判断よりも精度が高い可能性が高い。
その観点から今回の見積もりを見直すと、やはり僕は人の「お気持ち」を小さく評価しすぎているような気もする。
きっと、タカさんは幾度もこういう「誰かが微妙な立場にいる場面」を乗り越えてきたのだろう。そして、どんな振る舞いが最適なのかを、己の身に染み込ませてきたのだろう。
その結果が彼の社会性であり、「貸してない1万円」メソッドにつながっている。
彼の経験を、身につけてきた社会性を、尊敬しよう。僕はきっと人の「お気持ち」を過小評価しているのだ。もう少し、きっともう少しだけ評価を上方修正した方が良いのだろう。
タカさんの動きを見ながら、そんなことを思った。
彼の社会性の高さに舌を巻くと共に、自分の見積もり基準を少し修正したイベントになった。
社会性の高い彼と、この夏の話
あれから2つほど季節が変わって、この夏、またタカハウスに行った。
「オススメの場所に連れて行ってください」と頼んだら、「キレイな川、大きい滝と小さい滝、あと温泉」と言われた。液体に浸かる場所ばっかりですね、なんて軽口を叩きながら、イチオシだというキレイな川に連れて行ってもらった。
タカさんは相変わらずひょうひょうとしたキャラクターで、小器用にコミュニケーションを取ったり、場を盛り上げたりしていた。
その一方で、非常に合理的な決断を下していく様子も面白かった。「動線を考えて、A→B→Cの順で周ることにしよう」などと、動くルートは粛々と決めていた。
夜はお酒とバーベキューとアナログゲームをお供に、色々なディスカッションをした。
タカハウスでは、いつも面白い話が出る。「ヤリマンが嫌われる理由」を経済学的に分析したタカさんの考察は本当にすごいと思った。
【ヤリマンがなぜ嫌われるのか】の答えは、【談合破りだから】だ。
・セックスまでの男側が払うコスト(食事に連れていく、機嫌を取る等)はある程度常識によって決まっている
・これは談合によって価格が決まっている状態と同じ
・ヤリマンはこのコストを劇的に下げる。談合破りと同じだ。— 堀元 見@あそびカタのプロ (@kenhori2) March 15, 2018
【最後に宣伝】タカハウスを訪れて下さい
以上、長々と書いてきたが、最後に宣伝をして終わりにしたい。
親しい友人でありインテリ論客でもあるタカさんのタカハウスは、宿泊施設として営業しており、誰でも利用可能だ。
また、この記事で掲載した画像は全て、3月または8月のタカハウス訪問で撮影したものだ。タカハウス内または、タカハウス付近の愛知県新城市の観光スポットの写真だ。
本記事を読んで、タカさんと話してみたくなった方、タカハウスや周囲の観光地を訪れてみたくなった方、ぜひタカハウスを利用してあげてほしい。
広告費は1円ももらっていないが、「よければ宣伝しておいてくれ」というタカさんからの要望に応えるべく、今回の記事を書くことになった。
普通なら旅ブログっぽいものを書けばいいのだけれど、天の邪鬼で自分の色を出さずにいられない僕は、ビジネス論のような、エッセイのような、友人紹介のような、面妖なこの記事を生み出してしまった。
もう少しストレートで分かりやすい宣伝記事を書いたほうが、タカさんにはウケがよかったかもしれない。僕はやはり、「お気持ち」への配慮が足りていないかもしれない。
これから少しずつ、「お気持ち」の評価にはより大きな点数をつけるようにしていく。僕の社会性が十分に発達するのは、まだ先のことになりそうだ。
だから、今日のところはタカさんもこれで許してくれるだろう。多分ね。
そんな言い訳をして、今日のところは筆を置くことにする。