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僕たちは皆、どこか足りない-「ランウェイで笑って」は苦悩と希望の物語だ

漫画

面白いものは、評価されなければならない。

 

僕は心からそう思う。インターネットは情報発信を民主化し、「これが面白い」という声を個人があげやすくなった。なんて良い時代なのだろう。

一昔前、インターネットがなかった頃に個人が面白いマンガを広めようと思ったら、「友だちに勧める」ことしかできなかった。

今は違う。僕がブログで血の通ったレビューを書けば、もっとずっと多くの人が読んでくれる。面白いものが適正に評価される手助けができるのだ。こんな嬉しいことはない。

 

そんなことを考えてしまうくらい、マンガ「ランウェイで笑って」は面白かった。

 

 

今日は本当にほんとうに面白かったこのマンガの魅力を、たっぷりお伝えしたいと思う。

面白いものは、評価されなければならない。

 

あらすじ

物語の主人公、「千雪」は、モデル。幼い頃から、パリコレに出ることに憧れ続ける少女。

 

誰よりもストイックに、モデルの仕事をこなし続けた。すべては、パリコレに出るために。

そんな容姿・努力・家柄すべてに恵まれた千雪だが、一つだけ足りないものがあった。

それは、身長。158cmの身長は、ファッションモデルとして闘うにはあまりにも厳しい。致命傷といって差し支えない欠点だ。

 

それでも、「パリコレに出たい」という気持ちだけは変わらない。たった1つの、彼女の人生を支える目標だから。

しかし一方で、周囲の目は厳しい。憧れのパリコレモデル「雫」にも、モデル派遣会社の社長である父親にも、「パリコレは無理だ」と言われ続ける。

パリコレに出たいと言い続けてとうとう、実の父親にクビを宣告されてしまう。

 

そこでサスガに諦めるかと思いきや……

 

何度「無理だ」と言われても、絶対に諦めない。

 

わたしの人生全部があの場所に行きたいって叫ぶの

…だから…わかる?

わたしじゃいられないんだよ 諦めちゃったら

 

そんなひたむきな少女を幼い頃から見続けてきたパリコレモデル「雫」は、彼女への思いやりで「無理だ」と言い続けてきた。かなわない夢を追い続けるべきではないから。

しかし、何年も何年も「無理だ」と言い続けてきた雫がこのとき突然、彼女を止められなくなる。

 

それは、「パリを見てしまった」から。身長158cmのモデルがパリコレに立つなんてありえないと誰よりも知っていながら、千雪のウォーキングに、パリコレの可能性を見てしまう。

 

才能と苦悩の物語

この物語は、一言でいうなら「才能と苦悩」の物語だ。登場人物たちはみな、生まれ持った何かを持っており、そして何かを持っていない

  • 幼い頃からパリコレのランウェイに立つことだけを望んで生きてきたのに、身長が足りない少女
  • ありあまるファッションデザイナーとしての情熱と才能を持ちながら、経済的理由で進学できない少年
  • 圧倒的な身長とスタイル、最高のモデルの資質を持って生まれたのに、モデルの仕事が嫌いな少女

 

そんな、「才能」すなわち「持って生まれた特性」と、それに振り回され、苦悩する人々を描き出している。

すべての要素が完璧に揃った人間などいない。僕たちは皆、どこか足りない。

そして、足りなかったからといって、すぐに諦められるワケではない。人生は続く。足りない事実と向き合いながら、何らかの生き方を続けていくしかない。

我々は足りない事実と向き合いながら、どう生きていけばいいのだろうか。

そんな問いに対して、本作はヒントらしきものを見せてくれる。登場人物の”炸裂”を通して。苦悩を打破しようと必死に悩み、苦しみ、叫ぶ、登場人物たちの感情の炸裂を提示することを通して。

 

以下、そんな才能と苦悩の物語である本作の、象徴的な部分を抜き出していこう。

 

 

すべてが「戦い」であるということ

本作で印象的なのは、誰もが結果を求めているということだ。最も重要なのは、過程ではない。

千雪が、同級生のファッションデザイナー「育人」について話すシーンがある。

だからね──育人、勝って。

勝たないとその努力は証明できない

 

この物語の登場人物は、全員が何らかの分野のプロフェッショナルだ。

「努力」や「ささやかな幸せ」に価値を置いている人間は一人も登場しない。

ショーを成功させることを、服を売ることを、コンペで勝つことを、オーディションで合格することを、意味のあることだと考える。

千雪は、デザイナー育人の「片親で、幼い姉妹の世話をしながら服を作っている」という事実を尊敬しているが、勝たないと意味がないと考える。結果だけを追い求める、プロフェッショナルの思考だ。

 

 

それぞれの立場の意地がぶつかり合う

本作には多くのプロフェッショナルが登場し、皆が確固たる意志をもって自分の職務をまっとうする。

そこに”職業マンガ”としての熱さがある。

 

  • 本来のモデルが急に来られなくなったトラブルを、チャンスとしてフル活用しようとするモデル
  • 過労で倒れても、血が服につくのを恐れて助けをこばむフィッター

それぞれに立場があり、野心があり、意地がある。そこに薄っぺらい常識や倫理などは介在しない。

モデル仲間からの「同情」を感じて、激怒するシーンも。

 

コメディタッチのお色気シーンも、「プロフェッショナル」という文脈で放り込んでくる。ここに作者の確かな技量を感じる。

 

王道の少年漫画でもある

本作は、生まれ持ったものによる苦悩や、ファッション業界の苛烈な戦いといったテーマを扱っているのと同時に、非常に骨太な王道の少年漫画でもある。そこが素晴らしい。

少年漫画らしい要素を全然外していない。王道で、心を震えさせてくる。

 

デザイナーとモデルの、少年と少女の、淡い約束のシーンだ。他のマンガに例えるのなら「南を甲子園に連れてって」だろうか。

 

こちらは、ボコボコにされたヒーローが意地を見せるシーン。

こういった、胸の熱くさせかた、ワクワクさせかたが絶妙で、王道の少年漫画的な要素をしっかり取り入れている。

 

才能と苦悩という主題に対して様々な立場から踏み込んでいながら、ストーリーの構成はあくまでシンプルで、少年漫画的な楽しみをふんだんに作っていることも、本作の大きな魅力の1つだ。

 

そして、苦悩と希望の物語でもあるのだろう

ここまで、バラバラと本作の魅力について見てきたが、そろそろまとめにかかろう。

 

最初に、「この物語は才能と苦悩の物語だ」と述べた。これは事実だ。

だが、不十分なのかもしれない。この物語は、「苦悩と希望の物語」でもある。

本作の「ランウェイで笑って」というタイトルは、

ファッションモデルはランウェイでは無表情でなければならない。服を見せる仕事であり、顔に視線を集めてはいけないからだ

という事実にちなんでつけられている。

 

本作が、モデルにとって最大の禁忌であるはずの「ランウェイで笑う」ことをタイトルにしたのは、なぜなのだろうか。

もしかしたら、我々の人生、あるいは主題である才能と苦悩の話を、ランウェイと重ね合わせているのかもしれない。

ランウェイも人生も、途中で降りることはできない。人生の途中で、足りない才能があることに気づき、ゾッとするような凍りつく苦悩を感じていても、最後まで歩くしかない。

そんなゾッとする凍りつく苦悩と、ランウェイにおける無表情を重ね合わせているのではないだろうか。

そして、凍りつく苦悩があったとしても、希望を持っているべきだ、と訴えているのではないだろうか。

 

本作の登場人物たちは皆、自分にないものを気づき、時に苦悩し、時に迷い、時に絶望するが、結局は希望を持ち続けている。

苦悩まみれの人生の中で希望を持ち続けることを、無表情であるべきランウェイの上で笑うことに重ね合わせていると考えるのは、考え過ぎだろうか。

 

まとめ

以上、マンガ「ランウェイで笑って」について書いた。

本作はシンプルで質実剛健なストーリー、ごく王道の少年漫画でありながら、その巧みな見せ方やテーマ設定、プロフェッショナルの仕事倫理を完璧に抑えていて、他に類を見ない傑作になっている。

これほどに面白いマンガは、もっともっと評価されるべきだと思う。

このレビューで本作を手に取る人が一人でも増えたなら、これほど嬉しいことはない。