東横線日吉駅、僕にとってどこよりもエモい光景。街の表情を教えてくれた場所。

お風呂上がり、Twitterをぼうっと眺めていた。

このツイートが目に飛び込んできた。

僕と同じ慶應義塾大学を卒業したえらいてんちょう(@eraitencho )氏のツイートである。

 

さて、慶應義塾大学のOBは恐らく皆、このツイートを見て「あっエモい」と感じるのではないだろうか。

僕はめっちゃエモいと感じた。エモいと感じたら最後、もうポエムを書かずにはいられない。今日は久しぶりにポエムだ。

 

この街に、僕は並々ならぬ思い入れがある。感覚的には、人生の思い出の半分はこの街にあるような気がする。

僕はこの街で大学時代の4年を過ごした。

住居も、大学も、バイトも全部この街だった。遊ぶのもほとんどこの街。たまに渋谷。

凄い生活圏の狭さだ。もっと色んな選択肢があったのになと今になって思う。

 

そう。色んな選択肢があった。だって東横線沿いはいい街がたくさんある。

バイトするなら、横浜駅の裏の方かな。横浜駅はめちゃくちゃ雑多で、駅からちょっと歩けばすごくディープで良い店がたくさんある。ちょっとアングラなものを売ってる店とか、怪しげな飲食店とか。

住むなら、学芸大学駅の周りなんかとてもいい。東京の割に少しのんびりしている。商店街も大きすぎない。チャリを一日ちゃっかり店の前に停めておいても撤去されない。

遊ぶなら、代官山〜渋谷にかけての辺りがいい。僕は渋谷はセンター街方向の栄えている方ではなく、桜丘の方向が好きだ。飲食店も地味な名店がたくさんあるし、人の量がちょうどいい。良い図書館もある。

そんな、色んな選択肢を、今なら思いつく。

でも、それは本当に”今思えば”という話である。

 

少なくとも大学一年生、北海道から出てきたての19歳の僕は、街の選択肢など持っていなかった。

そもそも札幌には電車がない。身近に使う乗り物といえば、路線が三本しかない札幌市営地下鉄だけだった。

そして、札幌の街の作りは、他の多くの日本の地方都市がそうであるように、大きなメインの街が真ん中にあり、あとはその周りに住宅地が広がっている、というだけの作りだ。

どんな街に住んだら楽しいか?どんな街で遊ぶべきか?どんな街で働くか?

そんな感覚を持っていなかった。街が持つ”表情”なんて、当時は想像もできなかった。

 

街には表情がある。

東京に出てきて、肌で感じて一番楽しかった発見はこれかもしれない。

そして、そのことを一番ありありと教えてくれたのはこの日吉という街だった。僕はこの日吉という街を基準に、東京のそれぞれの街の表情を覚えていった。

 

昔、食通の人が何かの本に書いていた。

「蕎麦を極めたいなら、まず自分にとって基準になる一つの店を作りなさい。気に入った店に何度も通うのです。そして、その店に飽きるまで通ったら、別の店に行きなさい。基準ができているから、その店の特徴がよく分かるようになっているでしょう」と。

多分これは真実だ。基準がない田舎者は、何となく東京のどこかの街を散歩してもその街の表情は分からない。

どこか一つの街に暮らしてみて、じっくりその街の表情を見て、初めて、他の街の表情も理解できるようになる。

そして、田舎者にとって、”初めて東京で一人暮らしをした街”こそが、この”基準”に相当する。

 

僕がそうであったように、恐らく多くの地方出身者が、大学進学を機に一人暮らしをはじめ、基準となる街に出会う。

このステップは非常に感慨深いものがある。街の表情という概念を理解するステップであり、田舎者が東京人に変わるステップであり、子どもが大人に変わるステップでもある。

だからこそ、初めての一人暮らしの街は、エモい。

 

また、全然別のアプローチから言っても、僕にとっての日吉はエモい。

大学生の頃、僕は自分のことを無敵だと思っていた(今でも少々思っている節はある)。

そして、ズバ抜けて愚かだった。

だから、時間を豪快にムダにすることを全く恐れなかった。

駅前のマクドナルド、多分累計で400時間くらいは過ごしたのではないだろうか。駅前のミスドも多分100時間くらいは過ごした。駅前のカラオケ「モコモコ」に至っては、累計50泊くらいしたような気がする。もはやマンスリーマンションみたいな単位である。

だから、一箇所一箇所に染み付いている思い出の量がハンパじゃない。思い出の”質”ではなく圧倒的な”量”だ。これだけ一つの街のあちこちに、大量の思い出を染み込ませることはきっともう今後の人生でないだろう。

 

大学が4限で終わった夕方、ビリヤード屋「ひよびり」に通った。店員は恐らく慶應の学生がバイトで雇われていて、すこぶる接客態度が悪かった。

私服で遊んでいて、客が入ってきてもあまり対応しない。「あの〜、利用したいんですけど」と言うと「あ、はいはい」みたいな感じで動き出していた。

最初は「何だこいつ死んでしまえ」と思ったものだが、慣れるとどうということはない。むしろこんなダメ店員を飲み込んでしまう学生街の懐の深さを感じて気持ちよかった。

しかし、ジャンプに対して異常な厳しさを発揮するデブの店員が一人いて、僕は彼がとにかく嫌いだった。

僕がおちゃらけて「よ〜し!ジャンプ狙っちゃうぞ!!」とキューを高く構えると「あ、ラシャ(台に張ってある布)痛めるからやめてね。技術ないヤツはジャンプとかしないで」と言われたものだ。大変腹立たしかった。

日を改めて何度かトライしたが、結局4回くらい同じように注意された。今日怒られることは明日も怒られる。しかしあのデブの店員、客にタメ口利かなくてもいいのにな。アレはエリート学生の傲慢だったのか、ハスラーの傲慢だったのか、それとも単に彼という人間の傲慢だったのか。

あのデブも今はどこか一流企業に就職しているのだろうか。そう考えると少し感慨深い。

僕とあのデブは、ビリヤードのジャンプをめぐって一瞬いがみ合った。人生と人生が、ほんの一瞬だけクロスした。

そんな彼も、あのジャンプ事件の後、長い人生を生き抜いていくのだ。名前も知らない彼の人生に僕は、思いを馳せることしかできない。

 

夜中、駅前の油そば・つけ麺屋「あびすけ」に通い倒した。

アルバイトながら【定時は21時、上がるのは23時半(残業分は無給)】という謎のブラック労働環境を楽しんでいた僕らは、空腹を通り越して重たくなった胃に、特盛りの油そばを流し込んだ。

塾の先生だった僕らの話題は、決まって生徒のことだった。

「聞いてくださいよ!!中1特進クラスの◯◯、成績鬼下がりなんですよ!ドラクエにハマってて勉強しなかったとか言って!どうしたら良いと思います?」

そんな話。教室外では生徒の話をしちゃいけない、個人情報保護だ、っていうルールもあったけど、僕らは気にしなくなっていた。二時間半の無給労働で俺らが教室支えてやってんだ。エンタメ化くらいさせろ。そんな感じ。

 

教育論についてもよく語った。近代教育の成功と失敗。楽しい課題と苦しい課題。これからの教育機関の使命。

教育論や生徒の話で話題がなくなったときは、だいたい漫画の話になった。漫画「嘘喰い」の新刊がとても面白かった、という話をよくした。

嘘喰いは常に面白いから、発行される新刊も常に面白い。だから「新刊が面白かった」という話は「夏は暑い」というくらいどうしようもない話なのだけれど、そんな話をしている時間が至福だった。

あびすけは油そばとつけ麺が2大メニューで、つけ麺を頼むとIHコンロがついてきた。つけ汁を温めながら食べられるスタイルだった。

IHをつけたままうっかり話し込んでしまって、つけ汁に沈んだ味玉が焦げてくることもよくあった。

 

マクドナルドのコーヒーの味を覚えたのは、中学受験の期間だった。

当時の僕はそれほどコーヒーを飲む習慣がなくて、ましてマクドナルドでコーヒーを頼む意味が分からなかった(僕はハンバーガーに最も合う飲み物はオレンジジュースだと思っていたし、それについては今でも正しいと思っている)

しかし、受験期間の朝だけは別だ。

塾の先生をやっていた僕たちは、受験に行く生徒の応援のために、朝6時に改札前に集合することが常だった。

そして、改札を通る受験生一人ひとりと握手をして、「頑張ってこいよ」と声をかけた。

受験校までの距離によって出発時間はバラけるから、2時間以上も改札前で待機することもしばしばあった。

 

そうして冷え切った身体に、冷たいオレンジジュースはサスガに厳しい。

塾講師仲間は皆マクドナルドでホットコーヒーを頼んでいたので、僕も皆に合わせてそうした。

冷えた身体を温めながら、生徒の受験の様子に思いを馳せながら、「あいつ、今頃緊張でペン落としてるだろうな」なんて仲間と軽口を叩きながら飲むコーヒーは、幸せの味がした。

今でもマクドナルドのコーヒーが好きだ。地球一ハンバーガーに合う飲み物はオレンジジュースだけど、あの時の幸せの味を思い出したくて、時々コーヒーを注文する。

 

……こんな調子で、書こうと思えばきっと10万文字でも20万文字でも書けてしまう。”質”を伴わない、圧倒的な”量”だけの思い出たち。

しかし、これだけ大量の思い出が付着した街があることを、少しうれしく思う。

僕にとって日吉は、きっといつまでもエモい。今度またあの街に立ち寄ってみよう。

圧倒的なエモさを味わえるだろうし、あまりにも下らなさすぎるそれぞれの思い出に、笑ってしまうだろうから。

 

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